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COLDSLEEP

まどるdが趣味でかいた小説をだらしなく垂れ流す場所


"Dear Hacker" posts

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12

「世論をコントロールするなんて、人のするようなことじゃない……それこそ、人をコントロールするようなもんだ! SNSは人との交流を目的に作られたはずだ。何かを擦り込むために作られたわけじゃない……」
「俺が怖いか」
 肺を絞られたような、胸の痛み。私は鼻で笑う。
「まさか」
 自分自身を鼻で笑う。きっと気づかれている。私の胸中を。絞られるような肺の息苦しさに吐いた息の中に、二酸化炭素と真実が混じっていて、それを読み取ったみたいに彼は言葉を続けた。
「俺みたいな存在は、きっと相棒たち人間にとっての脅威になる。人間てのは、未知な存在に恐怖を抱く。なら、俺は、未知な存在か? それは違うよな、俺は望まれて生まれ訳だから。なら、相棒。何を恐れる?」
「……未来、だ」
「そうだ、未来だ。俺みたいなやつらには寿命なんて制限はありやしない。それゆえのメリットであり、デメリットでもある事はなんだ?」
「……知識、だ」
「そうだ、知識だ。俺の時間が無限であるが故に、情報は絶え間なく流れてくる。それは、俺にとっての知識となる。知識ってのは、見方を変えれば力だ。古今東西、知識人はその力故に頼られては恐れられ、軽蔑された。その力には支配する力が備わっているからさ。俺はここに生きている間、常に知識人という存在として知識を蓄え続けるだろう。だが、それだけじゃ俺は何にも出来ない。じゃあ、一体誰が俺を動かすってんだ?」
「……俺たちだ」
「そうだ、相棒たち、人間だ。皮肉なことに、知識人は支配する力がある故に、何かしらから支配を受けている。それが人間でなくても、思想、信仰、時代の、国のイデオロギー、そういったもんにだ。そして、俺たちが起こした事は歴史に刻まれるだろう。それが善きにしろ悪にしろ。そうさ、相棒。アンタはそれを恐れているのさ。時代が本当に、誰かの、人の手の介入によって左右される事を。いや、それ以上に、ネットワークが普及して、技術があちこちで進歩して、人がその喜びに沸き立つ陰に身を喜んで潜めて自由を貪る存在が現れる事を。そうだな? 相棒。一番恐れているのは、自分なんだろう?」
 思わずやめろと叫びたくなる。私は知ってしまったのだ。知識人を。それが、こんなにも近くに居て、私の目の前で自分の存在意義、自分の存在価値を語り、私に現実を叩きつけ、私に選択を迫っている。私は今まで、彼と行動を共にしてきた。それは、私が彼の存在意義を知らない、ただの人工知能(AI)としてしか見ておらず、情報兵器としての価値を存分には利用できていなかった。いや、利用しようとも出来なかった。それは、私がただのハッカーであり、ただの一国民でしかないからだ。政治家や軍人の上層部、CIA、NSAだったなら、彼をもっと上手く利用する事を考えただろう。
 人を扇動する力を持つ兵器。暴動を引き起こさせる、戦火の火種を落とす事ができる可能性を持った存在。

――そして近々、その答えを出す時なのかもしれないぜ。

 目に見えぬ、電脳空間(マトリックス)での介入による洗脳。民主化という名の下に行われる戦いが、全て仕組まれていて、それが結果的に彼らに革命をもたらし成功したとしても、はたしてそれは人道的だと言えるのか。アメリカはその革命を称賛し、拍手を送るだろう。喜びに細められた目に潜む真実を湛えながら。
 後頭部に激しい衝撃を受けたように、私は目を見開いて、その光景を拒絶した。肌が泡立ち、腕を抱き、罵倒の言葉を次々と吐きだした。陰謀的な策略に、称賛などあり得ない。
 ネットワーク技術という、人間にとってなくてはならない技術はいまやどこかの国の兵器として扱われ、私達が何も知らない間にその戦略に乗せられている。風聞は音もなく、変動は惨劇をもって露わとなった。

――戦う理由は見つかったか? 相棒。
 
唐突として、私の中にある意識が芽生えた。
 情報は、自由であるべきなのかもしれないと。
 かねてからその自由は主張され続けてきた。それでも、害となるであろう写真(ポルノ)、映像(ムービー)、文章(センテンス)は可能な限り規制されてきた。それとともに、反発勢力が育っていった事も過言ではない。情報の自由とは何なのか。私には、それにこたえられるほどの知識も道徳も人間性も持ち合わせてはいない。ただ、一つ言える事がある。自由があるのなら、国一つを変える事も出来る、と。アメリカが行ったように、ネット技術を使えば国は、世界は、なにより人を変える事が出来る、おぞましい自由なのだと。
「…………見つかったよ」
 私は決断する。国を捨て、国を変える事を。繁栄には衰退を、衰退には繁栄を。平和には混沌を、混沌には煉獄を。幾度となく繰り返されてきた人の戦いの中に組み込まれるべき事象。前世紀のマスメディアとは異なる、親愛なる風聞による、世論の変革。意志の起伏。
人の血の流れない戦争は、国に血を流すことを求め、冷戦のごとく静かな侵食を持って腐敗していく。私は、彼という存在を世界に知らしめるためにここに居るのだと、理解しようとした。だから私は、彼を、使うことにした。
 私は、ブレイク『ミルトン』の一節を思い出した。
『私は自己滅却と永遠の死まで降りて行こう』
 そこに、私のやるべき事が記されているように思えた。だから、私は彼へと語りかける。自らの意志を。
「君という存在は永遠に記されるべきだ。それは、名としてではなく、情報として、一つの暗号(コード)として、プログラムとして、生きながらえるべきだ。君という存在が目に見えぬとも君は世界に存在し、君は世界と共に世界を見つめ、永遠の死という底知れない人間の感情へと語りかけるんだ」
 私は大きく息を吸い、立ち上がる。ハンガーにかけられた日常を満喫していた頃のコートを羽織り、監視員の遺体からサングラスを頂く。季節は今どんなだろうかと、ふと思う。花の仄かな香りのする春だろうか。太陽の照る、生き生きとした夏だろうか。静かな生命の繁栄と衰退を描く秋だろうか。雪が一面に積る白銀世界の冬だろうか。既に、季節感が薄れるほどここに滞在していたのだと思う驚きと、苦笑に顔が歪んだ。
 私は、フォルダ開いて、中国から引き抜いた情報を圧縮ファイル化して彼に渡し、
「ばらまいてくれ」
 と一言。
「ああ」
 と彼が返答したのち、一切の応答がなくなった。声をかけようとも思わなかった。彼もまた、私と同様に旅に出るのだと理解していたから。彼はそのために、私に自分の存在意義を語るとともに、自答していたのだ。
 私は、世界に情報を露呈させ続けるだろう。彼はその知識を蓄え、世界へと語りかけるだろう。二度と会う事はないと分かっていた。けれど、寂しいとか、悲しいとか、そういった感情はなかった。絆があるとも思えない。では、そういった感情のモジュールの停止? そうではない。ここで、彼と話した。それだけで、私は彼という存在の一部分であり、彼は私の一部分であり、共に存在し続ける情報として永遠に生き続けるからだ。私に意志と共に、彼の意志がある。私にとっても、彼にとっても、それだけで十分だった。何も、寂しくも悲しくはないのだ。
 静かにファンが回る。そろそろ、上官殿が監視員からの連絡の有無に違和感を抱く頃だろう。私は扉の認証を突破するツールを詰め込んだ小型端末機を取り出し、部屋を出ていく。その際、忘れ物を思い出した。
 私は部屋へと戻り、テーブルに置かれた金属缶を手に取った。そして、それをゴミ箱へと放り投げた。中身は、空っぽだった。




参考文献 虐殺器官 伊藤計劃
 

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08 16 ,2011  Edit


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11

「米空軍のサイトにこんな物が……何時のだ」
「二十年くらい前か。こうやっておっぴろげに公開しているのにあまり認知度がない、それがこの時代の欠点さ。この時代の人間は、断片的な情報しか見ようとしなかった。例えば、よく使う動画掲示板の小さなニュースでの情報、ブログでの引用ニュース、有名情報局のニュース、そういった表面で浮かんでいるような情報しか手に取らなかった。情報化時代に突入した事を誰もが認識できず、情報を扱うことに慣れていなかったのさ。それに、人間ってのは自分に必要のない情報には疎くて、情報を大局的に捉えられないから俺たちの存在は多くの人に目を触れられず生まれる事が出来たってわけさ。
 で、だ。俺たちの開発期間は確か……十五年と三カ月か。途方もないプロジェクトさ。なんせ、人格を作るってプロジェクトだったんだから。でもなぁ、相棒。俺たちに、人格はあっても感情なんてものは一切ないんだよ。相棒は、俺に言ったよな? 自我があるって。そう言ってくれ時にゃ俺は舞い上がっちまったよ。あぁ、別に馬鹿にしたとかじゃなくてさ、俺も一つの人格として、本物の人みたいに相棒と接しているんだなってさ」
「でも、お前は人間みたいに……」
「そうさ、相棒。それすらもプログラムなんだよ。実はよ、人格形成プログラムの開発は二年なんだ。でも、実際俺達が生まれたのは十年以上してから。どうして開発が十年以上もかかったと思う? それはな、俺達に言語というものを教えなくちゃいけなかったからさ。なぁ、相棒。アンタも思ったはずだ。どうして俺達がこんなにも人間味のある言葉を話し、対応するかを」
 その理由を私は一瞬で察した。人工知能(AI)が何故滑らかに言語を話すかという理由を語った物があった。それを見た時、私は興奮と感動と畏怖に身を打ち震わせたものだった。
「……本、だろ」
「御明察。そう、本だ。あらゆる図書物の言葉を対話を全て書き込んでいったのさ。あらゆるパターンを構成し、どんな場面でどんな言葉を言えばいいのかってのをな。そりゃもう途方もない作業だったろう。それを語るには一日や二日じゃ語りつくせないな。もっとも、今のテーマにゃ必要ないが」
「懐かしい、と思わないのは、お前という存在がが全てテクストで成り立っているから、か」
「その通りだ、相棒。俺という存在はプログラムであり、一つのテクストだ。感情論は唱えるだろうけど、実際は俺の中に詰め込まれた、状況に沿った言葉を並べてるだけで、俺に感情は一切持ち合わせていない。というのも、俺は確かに人工知能(AI)の一部だ。けれど、感情モジュールは一切持ち合わせちゃいない。必要ないからな。
 懐かしい、感じるのは人間の脳の一部の働きさ。俺にはそういう機能は持っていないから、一つの記録(ログ)としてしか残らない。そして、記録(ログ)―人間にとっちゃ記憶(メモリー)だが―の残り方も違うのさ。例えば記述するためのツールが、人間がよく使うワードだとしよう。人間は眠る。眠るというのは、記述の整理と保存するということだ。つまり、名前を点けて保存するということだ。一日一日の個々のファイルに名前をつけて保存するから、いくつもファイルが積み重なっていき、時にそのファイルを引き出してくる。これが、相棒たち人間の言うところの懐かしいだ。
けど、俺は違う。上書きなんだよ。俺は眠ることはないから、暇があれば常に上書きしているのさ。だから、それまであった事が常に一つのファイルに表示されている。俺にとっての一生は、一日ってことさ。生まれた時のことも、今までのことも、そしてこれからのことも俺にとっては、人間で言うその日ということさ。おうおう、言葉にするのは難しいぜ」
彼にとって、この世の全てが記述でしかない。ああ、まさしくテキストだと私は思った。彼は、歴史の本なのだ。そこに、時代の流れは書かれていても、時間の流れを感じる事は出来ない。歴史が文章化され、一つの本に書き連なっていく様はまさに上書きであり、そこに懐かしさといった感情は浮かばない。
 「で、こっからが相棒の聞きたい事だ。PMSによって生み出された俺達の存在意義は、世論を動かし、共産、社会主義的な、ネットーワークのある国の民主化を目指すための、『兵器』であることだ。俺達は、その中へと入り込み、その国の人物になり済まし、民主化を唱えて扇動し、革命を起こさせるための国のツールだ。そして、俺達に実力を存分に発揮できる武器が、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)ってこった。二〇〇〇年代はまさに、その先駆けが成功した年代だ。チュニジア、エジプト・リビアがSNSを通して革命を起こし、中東の民主化をある程度成功させたんだから」
「待て、SNSは民間企業のはずだ」
「ああとも。でもな、相棒。今日一般的に知られているグーグル・アースは分かるな? 世界の表情を見るにはもってこいのもんさ。その技術がCIAの投資ファンドによって作られたってのは知っているか?」
 私は首を振る。それと共に、ある事を思い出した。インターネット自体、ある研究所が旧ソ連の核攻撃にも耐えうるネットワークの構築を提唱したことから始まったとされるように、軍主導という事が知られている。それを考えれば、IT企業が軍との関わりがないとは言いきれないのだ。つまり、民間のアイディアであるソーシャル・メディアでさえも国家戦略の手の内にあるとも考えられる。
 私達、人は、常にアメリカの掌で踊らされているといっても過言ではない。たとえ自由を謳ってもそこには秩序が存在し、権利を謳っても条約があり、反米を唱えても武力がある。何かを得ようと喘いでも、彼らは即座に介入する。それは別に構わない。ただ、犠牲の上で得られる正義が果たして本物の正義なのか。
 かつてのアメリカはソマリア内の紛争への介入を、紛争終結のもとで作戦を行った。だが、結果的には負け、それでも状況は少しずつでも改善されていった。そこへ、再びアメリカが介入する意味は何なのか。彼らは何の正義のもとに、戦いを引き起こすのか。
「ネットワークの技術向上により、アメリカはより民主化を成立させやすくなった。アメリカというレッテルを張られていない存在が民主化を唱えるのだから、彼らの中に反米思考は範疇から消えるからだ。そいつに危機感を抱くのが他のお国ってわけだ。だからこそ、中国が動いたのさ。そしてあの国連でさえも、今回の作戦について調べ始めている。小さな平和を維持していたソマリアがいきなり戦場と化したんだからな、中東のこともあるし、怪しく思うのも仕方ないさ。
 何より、一番恐ろしいのはアメリカになっちまうことだ。国や、人種や、宗教が違っても刷り込まれた意識がアメリカの物だとしたらそこはアメリカになっちまう。国独特の文化や、規律や秩序、生き方もが失われちまう。日本が良い例だ。第二次大戦前までは、日本はそれまでの文化、生き方が違っていたよな? 帝国主義だったが、それでも日本独特の文化の中での生き方だったには違いない。だが、敗戦によってアメリカの連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)によって民主化が進み、それまでとは違った生き方を余儀なくされた。日本人は柔軟な性格をしていたから大きな反発もなく、従順だったからあそこまで変わる事が出来た。
 けどよお、相棒。考えてもみろ、自分の国がある一軒家だとしよう。民主化という思想、いわば家具を勝手に家の中に置かれる気分てのはどうだい? 家の大半を占領し、その上にはアメリカ独特の文化というお飾りがひっついてやがる。自分の好みじゃなけりゃ、気分は最悪だろう。そうなりゃ、反米の意識は膨れ上がる一方であって、普通は成功なんてしないんだ。日本は自国が負けた事をひたすらに意識させられたから変わる事が出来たけれども。
 だからこそ、俺達が生まれた。彼らに世論を展開させ、彼ら自身に選ばせて、彼ら自身で民主化へと導かせる。独裁への、全体主義への、不満のはけ口をSNSに流し、俺達が油を注いで、俺達の言葉で火をつける。彼らが、彼らの意志で革命を引き起こさせるために。彼らの、彼らによる、彼らのための革命を」

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08 16 ,2011  Edit


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10

 私は任務が終わると、机に置かれた食事をかきこんでタバコ(ピース)を吸った。赤く灯る小さな灯が、私の顔を照らす。その顔はきっと酷く憔悴している事だろう。なにせ、失敗の許されない任務だったからだ。情報を引き抜く事が出来なければ、これから中国は更にセキュリティの高いソフトを作ってくるだろう。それ以上に、アメリカからの攻撃を防いだ事に意味を見出し、外交の間でも強気な発言をすることも考えられる。とにかく、中国という存在が世界へと強く踏み込んでくる事は間違いない。
「で、何が気に入らないんだい、相棒。立派に作戦を遂行したじゃあないか」
 彼が言う。合成音とは思えない、生々しい声に聞こえて私は思わず彼の方を見た。ディプレイにはひたすらケネディ大統領の暗殺シーンが流れていて、音楽には『月光』が流れている。どこからか解説者の声が遠くから響き、ジョン・F・ケネディがどこの角度から撃たれたのかという事、どんな場所から撃たれたのかという事が解説されている。
「聞きたい事がある」
 私は大きくタバコ(ピース)を吸う。ニコチンが頭の中へと侵食し、しみ込んでいくことを感じながら、白い息を吐く。
「お前は、一体誰の、何の目的で生み出された?」
 彼は一瞬の沈黙の後、ククッ、と独特な笑い方をした。
「俺の生まれの謂れを問う、か。よお、相棒。そいつぁちっと入り込んだお話だ。『俺』についての問いなら別段何の構いもしないんだが、根本となると、なぁ?」
「中国の情報集合体(インフォメーションクラスタ)から情報を引き抜く時は、ソマリアと中国の関係のみの情報ばかりと思っていた。けれど、そこにはアメリカの情報も記述されていた。見せてもらったよ、中国視点での、アメリカ情報を。そしたら、アメリカもソマリアで色々と仕込んでいたらしいじゃないか。CIAがソマリアの各地に居て――」
「おっと、相棒。そこまでだ。それ以上言えば、相棒の命にかかわるぜ?」
「笑わせるなら、もっとましな事を言えよ。俺は、もう死んだ身だろう。どうせ、表世界じゃ死んだ事になってる、そうだろ」
「まぁ、な」
「なら、教えろ。どうせこの秘密を知っていても知らなくても、俺はいずれ殺される。なら、冥土の土産にゃぴったりだ」
「覚悟は――」
 コツ、コツと廊下をわざと音を鳴らして歩いてくる人物が一人。もちろん、監視員だ。この部屋に設置された盗聴器から、全ての音声は全て向こうに筒抜けのはず。それでも盗聴器の遮断を行わず、構わず私が彼に追求したのは、自分がアメリカ政府の味方ではないという事を自覚したからだろう。
 私は立ち上がり、食事の時に使わなかったフォークを手に取った。それ以外に武器はなかった。扉が開いた瞬間に口をふさぎ、声を出せないようにして後ろへ回り、喉仏にフォークを三回ほど突いた。溢れる血が私の手にこぼれ、命の温かみを伝えようとするが私の心は酷く冷めきっている事に気づいた。
 彼には、なんの責任もない。彼はただ、私の管理を任されただけの、私にとっても、世界にとっても何の関係もない人物だ。だが、運悪く、彼は犠牲になってしまった。この世界の流れの犠牲に。
 監視員は立つ力を失い、私の腕からずり落ちた。ビク、ビクと痙攣する様は、見ていておぞましいほどに死を表現していた。
「覚悟なら、出来ている」
「みたいだな、相棒」
 私は何もなかったかのようにしてチェアに深々と座った。手に付いた血の匂いが酷く臭う手で私はタバコ(ピース)を吸う。灰を落とす頃に彼は話し始めた。
「かつて、アメリカはアメリカの価値観を植え付けるためにマスメディアを利用して洗脳してきた。新聞やラジオ、テレビという昔ながらのツールから、ネットというツールへと進化を遂げていったのさ。その証拠が、俺だ。俺は米空軍のある企画での産物だ。企画名称は『ペルソナ・マネジメント・ソフトウェア』。通称PMSいわゆる、人格生成ソフトってやつで、一人のユーザーから十二の人格を作れるってやつさ」
「『ペルソナ・マネジメント・ソフトウェア(PMS)』……聞いたことないな」
 私はタバコ(ピース)を灰皿に押しつけた。
「だろうとも、相棒。このサイトを見てみな」
 ディスプレイに米空軍の入札公告のサイトの画像が表示される。そこに、確かにPMSについての記事が載せられていた。

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08 16 ,2011  Edit


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9

 一つ、二つ、三つ……。その内、私は認証コードの突破数を数えるのをやめ、ハッキング行為に没頭し始めた。高揚する気分とは裏腹に、私の指はかすかにふるえていた。打ち間違えないように細心の注意を払いながら、下腹部に溜まっていく、渦巻くような感情を抑えてひたすらに無表情のままにキーボードを叩いた。
 羅列していく文字、記号、数字。それが電脳世界(マトリックス)を構成する原子。原子のように結合し、化学反応を起こし、重合し、結晶化し、蒸発し、融解し、気相、液相、個体相を形成し、エントロピー、エンタルピー、ギブズエネルギーを用いて疑似世界を形成していく。草の手触りも、風の柔らかさも、立つ足から伝わる地の硬さも、全てが触角による電気信号を模して脳のモジュール群に働きかけて体験させる。
 次々とイメージがあふれていく。かつて、見て聞いて得た電脳世界(マトリックス)の世界が自分の脳内で知識に則って構成されていくのが分かる。海は銀色の水銀で照り輝き、浜はo-ニトロアニリンの橙色結晶で溢れていて、丘は青い硫酸銅で出来ていて、太陽はバリウムによる炎色反応で黄緑色に燃え盛る。焼き払われたかのような黒色の二酸化マンガンで出来た木、枝の先にはポリエステルエチレンで出来た葉が風に揺れていた。花崗岩で出来た一本道の両脇にその木は植えられていて、枝はしだれる様にしてあって、綺麗なアーチを作り出していた。それが、通りさってきた数も合わせれば、二十はあるだろうか。
 未知な世界が広がっている。ありようの無い世界が広がっている。文字が、記号が、数字が、単なる情報伝達として生まれた物でしかないそれが、世界を作り出すなんて当時の人間の誰が思ったろう。数式が、定義が、法律が、秩序が、人間が生み出した一切がその世界に疑似的に組み込まれて、仮想的な、幻想的な、理想的な世界が組み上げられていく。
 目の間には壁があった。それは、石英が大きく成長したような壁で、無色透明に無味無臭。周りには絡みつくような湿気が感じられ、私は身じろぎした。
 私はコバルトで出来た金槌とのみを取り出し、少しずつ砕いていく。じわりと額から汗が鼻筋を下っていくのを感じながら私は作業を進める。やっていることは日曜大工じみていても、意味は違っていることにおかしさがこみ上げてくる。私がやっている事は、一つの国の脳内への侵入だ。中国の脳の海馬体に当たる場所へと侵入し、そこに収められた情報を引き抜くのだ。それが、私の任務。仕事とは異なる、私独自の任務。私が死を迎えた時に、唯一誇れる行いとなるようにと国がくれた救い。救いという言葉に塗れた犠牲。
「くそったれ……!」
 私は一体何に対して怒りを抱いているのか定かではないままに、静かな怒りを飲み下し、歯を噛んで耐える。やがて、一つの小さな穴が開いた。
「上等だ、相棒」
 彼は呟き、その穴をくぐり、総参謀部第三部に作られたという情報集合体(インフォメーションクラスタ)へと向かう。
 私はその背を見送る時に我に返った。脳内で作り上げられた仮想の電脳世界(マトリックス)から、ジャックアウトするかのように視界がぼやけ、焦点が合った頃にはディスプレイに忙しく文字やら記号やら数字が並べられていた。気づけば私は汗に塗れていて、クーラーを入れるのを忘れていたらしい。滴る汗を不快に思いながら、私はクーラーのスイッチを入れた。冷房が効いてくるまでの時間が妙に長く感じられ、私はシャツを脱ぐ。目を閉じれば体全体で感じる湿り気が、未だ現実なのか仮想空間(マトリックス)なのか分からなくさせる。だが答えはなんてものは決まっていて、私は現実にいるのだと実感せざるを得ない。その証拠に、監視員が私に晩食を持ってきているのだから。監視員は何も言わず、私を一瞥しただけで部屋を出て行った。
 どうも、と聞こえるわけもない相手に礼を言い、食事をとろうとトレーを取りに行く。
「ああ、相棒。着いたぜ」
 彼の言葉に、私は急いでトレーを机に置いて、チェアに座ってディスプレイに流れる様にして表記される文字を見つめた。
 そこには多くの機密情報が詰め込まれていた。特に、ここ最近の動向の事についての情報が多い。
「ソマリア関係を索敵してピックアップ、抜き取る」
「あいよ」
 私は彼へと策敵する単語を送り、それを彼が捜し出す。ピックアップされる情報が私のPCに記録されていく。

 ――そして、私はある記述に対して、おぞましいほどの寒気を感じた。

「十七年分の情報だ。どうも、中国の関わりはソマリア再解放連盟(ARS)発足時かららしいな」
「……よし、全部の書き込み終了だ。隠ぺいの準備するからそこから出てくれ」
「あいあいさ」
 ともあれ、私の任務は終了した。しかし、私はその情報を上官殿に渡す事はしなかった。私にするべき事が増えたからだ。これは、組織からの命令ではない私個人の、するべきことだと思ったからだ。

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08 14 ,2011  Edit


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8

「……お前は、一体何なんだろうな」
 口を衝いて出た、というのが正しいだろう。私はその言葉を、無意識のうちに口にしていて、『彼』が何、と聞くまで自分が何を言ったのか気づきもしなかったのだから。
「おれぁは俺さ」
 彼は朗々として言う。胸の奥で、激しい衝動が引き起こされた事を私は自覚した。
「違う。違うんだ…………お前はこの世界を、どう思う?」
「おいおい、そいつぁ、俺がこの世界の住人じゃないみたいな言い草じゃあないか。俺だって、相棒と同じ世界に住む存在だぜ?」
「でもお前は、見る世界が違うと言っていた。お前の見る世界は、俺たちの世界の一部分を文字や数字にした世界だ。その場所はきっと、人間の本質のあらわれた場所なんだと思う。隠すべきものが隠され、表わされるものが表わされ、人間の思惑が漂う海のような場所だ」
「ああ、全くそのとおりさ。俺が生まれた時見た景色の話は……話したことあるか?」
「いや」
「そりゃあ綺麗なもんだったさ。俺は『ここにいる』ということ、つまり『ここはどこだ』という言葉が浮かんだ時、おれぁ浜辺に突っ立ってたんだ。目の前には鉛色の海が広がっていて、白波で次々と情報が化学反応を起こしたように析出して橙色結晶として浜辺に打ち上げられていってた。そいつを掬ってやると、綺麗な個人情報が精製されてた。海をよく見てみるとそいつは文字と数字と記号の塊で、硫酸銅色の丘を見てみればそこには書物の資料情報がたくさん敷き詰められてた。空には、何もなかった。真っ暗な闇があっただけさ。果ての無い、どこまでも何かを詰め込む事の出来るような空間さ」
 静かな沈黙が降りた。懐かしいか、と私は訊いた。彼はいいや、と答えた。
「俺に取っちゃそいつはログなのさ、相棒。過去に見た景色を文字化した、俺の過去の遺物なのかもしれないけれど」
 その言葉の意味は、私にとって幼い頃の記憶の在り方と似ていた。私の脳には常に視界からの情報が流れてきていて、それを記述しているはずだ。しかし、時が経つにつれ、記憶は堆積し、重合し、加圧され、次第に記述された形式を失っていく。私達がその記憶を引っ張り出そうにも、崩れた文字は記憶としての機能を果たさないから、幼い自分の映っている写真を見ても、その景色も、撮ったくれた人も、聞いた言葉も思い出せないのだ。
 だが、彼の記述はしっかりと形をなして残っている。それを、懐かしいと思わないのはやはり人工知能(AI)故なのか。
「相棒、とりあえず先進国あたりは一っ飛びしてきたが」
「発展途上のネットワーク普及国を回る。出来るだけ数を稼げ」
 再び、文字と記号と数字の乱列にゲシュタルト崩壊を起こしてもおかしくないディスプレイを眺める。順調に進んでいる事を確認すると、次に情報集合体(インフォメーションクラスタ)へと侵入するためのソフトウェアを起動する。一般的に使われるソフトウェアでも足を踏む出す事は出来る。しかし、そこに埋め込まれる罠を起動させてしまい、作戦の失敗をきたす恐れがある。私はそのソフトウェアに細工を施し、私独自のソフトウェアへと改造する。
 彼曰く、セキュリティとは浮遊する空気なのだそうだ。その空気にはない、他の場所から持ち込まれた物質が入り込む事で侵入を認識するとのこと。人間の血に流れる白血球のように毎日生産され、日々新しい情報を上書きされたセキュリティが中国の核、情報集合体(インフォメーションクラスタ)の周りを巡回しているのだ。
 その空気にどれほど馴染む事が出来るかが問題で、私は中国の情報をありとあらゆる場所から引き抜いてきて、どんなセキュリティが使われ、どこからデータがダウンロードされたかなどを調べ上げた。中国のIPをピックアップ、国のIPと思われる情報をピックアップ、更に細分化した情報を事細かに区別していく。
 ダウンロードされたセキュリティのプログラムに似せた、化けの皮をいくつもかぶせたソフトウェアを作り上げていく。
「ウイルス作成ソフト、か」
 流れゆく記述の中、目についたソフト名がそれだった。ダウンロードしている国は中国や北朝鮮、韓国、ロシア、アメリカ、インドなど、さまざまな国の人間がダウンロードしている。しかし、その大多数は中国や北朝鮮や、情報ネットワークの発展途上にある国だった。
「国の教育状況が手に取る様に分かるな」
 と私は苦笑した。と言うのも、中国や北朝鮮はもちろん、韓国、インドなども情報技術に強い関心を以前から持っていて、八十年代には既に情報技術の教育に力を入れていたという話だ。それは確実に力をつけていき、特に北朝鮮はその実力を、韓国をもって世界に露見させた。
 二〇一〇年代前半はまだアメリカがサイバー戦上では権威を持っていたといえる、しかし、後半は中国や北朝鮮に権威は移っていたといっていい。幾度となくセキュリティの壁を抜けられて、国防総省(ペンタゴン)から機密を引き抜かれるという状況は、アメリカ政府にとっての悩みの種だったはずだ。それも、最新の技術を用いてでのハッキングだったりしたので、アメリカは頭を抱えていたそうだ。
 とはいえ、表向きでのアメリカといえば何事もないかのように力強く自国の将来像について、信念を貫く決意のもとに演説が繰り返されていたものだ。
「これで全部だ」
 彼の声が聞こえた時には、私は既に全ての準備が整っていた。ソフトウェアの改造も、隠ぺいのためのプログラムも、穴を開けるための疑似暗号も。
「荷物は持ったか?」
「ああ。しかし、重いな。割れ物なんて入っていやしないだろうな?」
「割るための物ならどっしりと」
「そりゃあ心強い」
 私達はちょっとした冗談を言い合いながら、高揚しつつある気分を落ち着かせた。一つの失敗が、自分の命と繋がっていると考えるとゾッとしない。
「……始めるか」
「ああ。とっとと終わらせちまおう。うん、それが良い。相棒にとっても、俺にとっても」
「そうだな」
「覚悟は、いいかい?」
「ああ、始めよう」
 私は、いや私達は、情報の海へと身を投げ出し、中国の情報集合体(インフォメーションクラスタ)へと向かう。その場所にたどり着くだけでも二十のセキュリティを通らなければならない。総参謀部第三部までは程遠い。だが、慌てることなく、表情も変えずにただ前に慎重に進むことだけを考えた。

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08 14 ,2011  Edit


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