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COLDSLEEP

まどるdが趣味でかいた小説をだらしなく垂れ流す場所


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Category: 小説   Tags: ---

神々の息子達の黄昏 2

「よお、ヘイヘ。気分はどうだ?」
 心地の良い夜風に身を浸していると、風の流れを遮るような声音で男が話しかけてきた。
「なんだ、ナポレオンか」
「なんだ、とはなんだ。せっかく持ってきてやったのに」
 と言うやいなや、手に持っていたリンゴぽいと放り投げた。慌てて僕がそれを受け取る。
「ここら辺のリンゴはまずい。僕の口には合わないんでね。君にやるよ」
 そう言いながら、彼は僕の隣に座った。僕は受け取ったリンゴを、一口かじった。割と硬めだったので歯ごたえがあったが、味はとてもじゅうしーだった。
「……お前は緊張感がないな」
 と言われて、私は口に含んだリンゴを呑み込んで反論した。
「私はいつでも戦える状態だ」
 私はリンゴを放り投げ、肩に立てかけていた愛銃を持ちあげると、相手に付きつけてやった。銃口がリンゴを挟んでこめかみに付きつけられている。私のかじった場所が、ちょうどナポレオンの額の位置にあった。じゅうしーな汁が額から垂れると、ナポレオンが一つ息をつき、挟まれていたりんごをそっと手に取り宙へと放り投げた。私はその重力に反し、ゆっくりと速度を落としつつあるリンゴに銃口を静かに向け、リンゴが与えられたエネルギーと重力がイコールになった瞬間、乾いた音と共に一つの小さな風穴を開けてやった。その小さな穴からの風景は、少しばかり、霞んで見えた。
「お前が本気になったら、俺の頭もりんごみたいに風穴が出来るんだろうな」
「……ああ。痛みも、撃たれたという意識も間に合わないくらいに」
 私は、彼の眼を一瞬たりとも離さずに言ってやった。
「君こそ、私の想像のつかない戦法で心身共に極限にまで疲弊させ、嬲り殺すんだろうな」
「もちろんだ。生きる事が苦痛と思えるくらいに」
 そこに、私達の極限の緊張があった。互いが、互いを殺す事を厭わない。だからこそ、生きながらえた。生きる事と、殺す事の対立という緊張の中、私達を制御する命令系統の仕組みを作り出し、私達にインプットされた。生きる事のできる条件として提示する事で。命令には逆らえない、呪いともいえる束縛がかろうじて私達を繋ぎとめている。制御の成功の暁には人工的な―本当の意味での―人間の生産を可能とした。私達は、どの世界にも属さない存在として、この世界の対立物として生まれる事に、初めて成功したのである。その世界に対立するものとは他でもない――――意味のない、存在である。
 やがて、陽が昇り始める。ここの人たちの目覚めは早い。鳥が今日という日の第一声の頃には既に、人は夢から現実へと身を浸し始めているのだ。もしくは、現実から悪夢へと沈む、といった方が彼らにとっての現実に近いのかもしれない。

時代は覚醒しようとしていた。私はかつての冬戦争を彷彿させる戦場に心なしか高揚しているように思えた。所詮、植え付けられただけの記憶であるのにも関わらず、人を殺すという行為、銃を打つという行為は昔も今も変わらない動きであるから、共鳴しているのだろう。敵を見つけて撃つ。幾度となく繰り返してきた行為。その今と昔の肉体能力が違えど、やる事は変わらない。
土煙りの舞う、小さな村の一角。AKを手にした人達が村を見回り、五十代そこいらだろう、肌の荒れた、大量の水を含んでいるかのように膨らんだ腹の女が忙しく洗濯物を物干し竿にかけていく。鼻歌交じりの揚々さが、まるで彼女だけ違う時代にいて、今が戦時だという事を忘れさせるようだ。
そんななか、僕らは民家の一角を借りて、ボロボロなテーブルの上にどこから手に入れたのかもしれぬ酒と、タバコと銃弾を散乱させ、床に寝そべってまずいガンパウダーを吸っている。
「あー、コカが欲しい」
と、言い出したのはナポレオンだった。抜き取ったガンパウダーを、たばこの紙にくるんで鼻に突っ込む。中身を失った薬莢が放りだされ、カランと音を鳴らして転がった。
「うっ……吐き気がする」
 やめれば、と呆れながらに言うけれど、彼がその姿勢を正すはずもなく、うなだれる様にして急に笑い始めた。気味が悪い。かと思えば、急に立ち上がる。ふらついた足取りで、しかし手ぶりはどこかの気取った政治家のように鷹揚に広げて語り始める。
「重なる暴動。独裁者であるソモサへの反抗。歴史に刻まれる戦い。その中に、俺たちはいる。感動的じゃないか。一つの歴史的な戦いの中に身を置いているってのは。素晴らしいじゃないか。FLSNの部隊の中の『糞食らい』の俺達がな」
 言い終わると同時にしてちらり、とこちらを見る。私は目を背けた。
 言いたい事は分かる。つまるところ、これから糞を食らいに行くということだ。もちろん、ただの糞ではない。
「それが私達の仕事だ」
「分かってるさ。頭の中では」
 その言葉に、私は驚嘆すれども顔には出さず、眼だけを動かしてナポレンを見た。彼はうつろな眼差しで、それでも何かに執着するような光をともし、口には皮肉めいた笑みを浮かばせていた。そして、軽やかな鼻歌の響く窓へと視線を移す。
「俺たちの存在意義はここにある。分かってるのさ、そんな事は。俺が今まで、どんなふうに戦ってきて、どんなふうに人を殺してきたか。英雄とは程遠い、腐臭のする道を延々と歩くだけの死者だってことくらいは。FSLNの中の誰よりも、人殺しに特化しているという事も。目標を殺せば、誰もが沸き立ち、誰もが褒め称え、誰もが戦意を震え上がらせ、誰もが臨んでいく。そんな光景を、俺たちは返り血を浴びたままに見てきた。それは喜ばしい事だと思う。でも、さ。何か、何かが違うような気がするんだ。僕たちは本当にここに必要な存在なのか、時々疑わしくなる。彼らが笑えば笑うほどに、俺には胸が急に重力に引かれて重くなるような気がするんだ」
 そう言って、彼は再び私を見た。私は彼を見なかった。地面に視線を張り付けたまま、彼の言葉を耳にしながら、思いを巡らせていた。
 思えば、私はいつから私が造り物であるということを認識できたのだろう。私が造り物であることを認識するには別の認識の存在が必要となる。そのもう一人の私は、いつから私の中からいなくなってしまったのだろう。
 私は、この宿主とはもっと別の存在であるという事を理解しているつもりだ。別の年代で生き、別の年代で生を全うした個人だったという事を。だから、この私が宿主の中に生まれた時、彼は反抗したはずだ。その反抗の余韻は、今の私の中にはどこにも残っていない。私の中に、この肉体の持ち主である者の記憶が一切ないのだ。
 私を宿主の中に孕ませた、本人の顔さえ覚えていない。どの年代に私は生まれ、今どの年代に生きているのかなどの情報は持っている。しかし、一体誰が誰に私という存在をこの世にもたらしたのかという記憶を、私は持ち合わせていない。
 急に、その事が恐ろしく感じられた。自分はシモ・ヘイヘであり、この時代には生まれていない。もっと別の時代で生まれた存在だ。それについては今まで、何度も理解して自分の中で飲み下してきた『言葉』だ。
 背中に寒気が走る。その『言葉』を、自分を理解しようとすると、恐ろしくてたまらなくなってきた。何か、気がつかなければならない事があるように思える。ともすると、視界が激しく揺れて、ラジオのチャンネルが変わるようにして景色が一瞬にして切り替わり、ノイズ混じりの映像が映し出される。その映像は、あたかも一枚の絵のようにして眼前に広がり、白い壁面に、なぞる様にしてチューブらしきものが視界に映り込んでいた。次の瞬間には景色が霞み、次第に体が闇の中へと落ちる様にして景色は暗闇に満ちた。
 驚く事に、その時にはもう恐怖などなくて、安堵感のなかに身を浸している自分がいる。自分は今、酷く無防備な状態でいると自覚できた。本来の自分なら、それは許されざる状態だ。私達は常に姿を見せないようにしながら行動する。けれども、その中でまれに私達の姿を視認し、どんな姿で、どんな顔なのかという情報を持っているやつらもいる。ここが私達の拠点であっても、私達に油断はあってはならない。それは死を意味する。
 そして、私は再度驚いた。一度死んだ私にも、未だに死というものに恐怖を感じる事に。
ふと、疑問が浮かぶ。私の死に際とは一体、どんなものだったのだろうかと。
「おうい、返事しろヘイヘ。おうい、おういったら」
 心配しているのかしていないのか―おそらく後者―、ともかくナポレオンの呼びかけで、私は忘れ物を思い出したかのようにはっとなった。隣にはナポレオンがこちらをのぞき込むようにして視界に映っている。
 私が大丈夫だ、と言うとナポレオンは「ふうん」と気にしちゃいない、とでも言うように興味をなくした子供のみたいに再び手に握るガンパウダーをいじり始めた。
 右耳に付けているイヤホンにノイズが入り、すぐさま男の声がキンキンと響く。集合の合図だった。
 手に汗を感じた。ゆっくりと開くと、かすかにだが汗がじとりと付いていて、私はさっきまで何かに脅えていた事を思い出す。しかし、その内容がどんなものだったかを思い出す事は出来なかった。

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08 21 ,2011  Edit


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